敢えて語るまでもなく我々の住む世界には多種多様な種族が存在しているが、 それらについて総合的に記述した文書はこれまで無かったと思われる。 この問題について私は常々遺憾に思っており何時かは総合的な文化人類学論を 構築したいと考えていた。これまでのところ、その道程は遥かに遠く到達点は 見えないが、多少なりとも全体を俯瞰しうる知見を得たとの手ごたえを感じても いる。そこで僭越ながら、それらわずかばかりの知識をここに開陳し、もって 諸兄に本分野への興味を持ってもらう事を企図した。 まだまだ事実誤認等もあるかと思われ、諸兄にはそれらについて忌憚無き指摘を 頂ければと思う。尚、大変勝手ながら各種単位に関しては人族由来の単位を 用いて表記している事をお許し願いたい。

■悪魔族 魔界においてもっとも個体数の多い種族であると同時に最も個体間の変化が大きい 種族でもある。殆どの場合、固定した実体を持たず半物質化した状態で活動するが 自らの肉体を持つ場合が稀にある。もっともその場合でも生来の肉体では無く 魔力で収集もしくは合成した物質に宿っているというのが正確な表現である。 この際に利用する物質は生物由来(主に死体)から無機物まで多岐に亘る。 それ以外に他者(生物、非生物問わず)をそのまま利用する憑依という形態を 取る事も多いが、この様な状況は前述した実体を持つ状態とは区別される。 通常、知能は人族と同程度かやや低い程度。ただし推論方面への知能の発露が 小さく、経験の積み重ねが乏しい個体は非常に単純な失敗をする事がある。 反面、一度した失敗は二度としない傾向が強く、その為に長く生きた個体は 大変狡猾である。好奇心は旺盛で想像力もあるが、それらが非生産的な行為へと 主に振り向けられるのも種としての特徴である。友愛や義理といった感覚は、 ほぼ欠如していると言って良い。ただし、それらの感覚が存在する様に見せかける 事は得意である。 少なくとも1種類以上の魔力を生得的に用い、更に他の個体を吸収もしくは 合体する事で相手の能力を自分の物とする事が出来る。 実体は無くとも“無”では無い事は特筆に値する。 その半物質化した本体を凝縮すると、ある種の結晶状の物体が残る。 これは悪魔族の“珠”(“たま”若しくは“しゅ”)と呼ばれ、 こちらをその本体とする考え方もある。その名称が示す通りに通常は球体であるが、 凝縮する際に用いた力の種類に依っては別の形状となる事がある。 後述する正統悪魔族と異なり、悪魔族は珠の状態からは自らの意思では 半物質化(活性)状態には復元出来ない。 また同様にこの状態では魔力は行使出来ないが、魔力自体が失われている訳では 無い為に耐性が無い者(多くの人族)に対しては性格の変貌、錯乱等の悪影響が ある。古来より、呪われた宝石等と称される人間界の一部の宝飾品には 実は悪魔族の珠が混ざっている事が多い。 後述する理由により個体数の増減が激しいが、魔界全体で数千万個体程度が生息 していると考えられている。また、時折魔王の気まぐれ(≒実験の失敗)により 新種が追加される事がある。また少数ながら人間界を含む他界にも生息するが、 天界には生息していないとされる。それ以外の世界については情報が無く不明。 悪魔族は特定の生活様式を持たず定住する習性は持たないが、一定の場所に好んで 居座る事はある。 それは主に食料の獲得が容易である等といった本能に即した条件が好適である場合 だが、一方で単に何となくという場合もある。そういった住処になりやすいのは概ね 薄暗い場所であるが、稀に開けた明るい場所に居着いている事もある。 ただし、その様な場合でも活動は日中は避ける傾向が強い。 食料は主に憑依した対象が持つ生体エネルギーを直接摂取し、 固形物を食料とする事は無い。 食料を摂取せずとも大変に長い時間を過ごす事が可能で、個体の消費エネルギー量は 極く少ない。したがって被憑依者が憑依された事のみで多大な被害を受ける事は あまり無いが、人族の病人や老人及び乳幼児などでは憑依される事が致命的となる 事もある。 性欲は強いが繁殖欲とは連携していないのが特徴的である。つまり他種族の個体 相手でも容易に発情する。殆どの場合この際に相手の同意を求めない為、 往々にして暴力行為と区別が付かない。故に他種族(或いは同族)に対する攻撃的 行為の半数は性欲が引き金となっていると考えられる。前述した様に繁殖欲が希薄 である理由は、繁殖に他個体が必ずしも必要では無い生体構造にも遠因がある。 単為生殖が可能であり、ある程度まで成長した個体はそのまま分裂する。その際に 元の個体では発現していなかった性質が表出する事がある為、単細胞生物の細胞 分裂とは趣きを異にしている。分裂は等分割では無い事があり、その際には力の 強い固体が一方を再吸収してしまう事がある。一見すると無意味な行為だが、分裂で 目覚めた別の形質(≒能力)を取り込む事になる為に総体としては進化した事に なる。この様な特殊な生態を有する為、表面的には同じ悪魔族とは思えない程に 極端に変異した個体が存在し得るのである。 単為生殖可能とはいえ、交配しない訳でも無い。従って性別は存在はするが、その 境界は大変曖昧であり、また性別では外観が変化しない為に特定も困難である。 悪魔族には皆で何かをする或いは決めるという感覚は完璧に欠如している。 故に組織や政体というモノは存在しない。ただし後述の正統悪魔族に対しては 服従する為に実質的には被支配層である。 平均寿命は数百年とも数千年とも言われるが、珠の状態では更に長く生存する。

■正統悪魔族 広義では悪魔族に含める場合もあるが、発生起源が異なる。 物質化した実体を持ち、多くは人族と同じ姿をしている。総じて病的なまでに色白 の肌である事が多い。頭髪や瞳の色などは千差万別だが、肌同様に髪は薄い色合いが 多い。翼を持つ事も多いが、これは天使族の翼とは異なり生来の物では無い事がある。 その場合は魔力で構築した後付である。鳥の様な羽毛を持つ翼の場合は生来の物で あり、それ以外の翼(蝙蝠の様な膜質、若しくは昆虫類の様な翅)の場合は術で 生成したものと考えれば概ね間違いでは無い。 何れにせよ、その姿は必ずしも真の実体の姿とは限らない。 ほぼ全ての個体が変身能力を有していて、自在に外見を変更できる為である。 知能は大変高く、人族の平均値を大きく上回る。記憶力も抜群であり、殆どの個体は 精神を獲得(人族の言う“物心がついた”状態)した後の経験は一切合切忘れない。 悪魔族同様に情愛に関しての感覚に欠如傾向が見られ、他者を思いやるという行為 が見られない。ただし悪魔族と異なり、全く情愛が無いのではなく情愛衝動自体を 意識的に忌避している様に見受けられる。だが、その理由は不明である。 創造創意といった方向への知性の発露は少ないが、全く無い訳では無い。 良く知られた例としては魔界の公用語の言語体系は正統悪魔族が現在の形に整理 したと言われている。もっとも、その源流語族は不明である事もあり全て魔王の 導きであると当の正統悪魔族達は主張する。 悪魔族同様に珠を有するが、通常実体である身体の内部に珠を有している点で大きく 異なる。肉体を失って初めて珠が外界に露出するが、時間が経つと元の肉体を 自力で復元可能である点でも悪魔族とは異なる。悪魔族の場合、珠の破壊は死を 意味するが正統悪魔族の場合は珠を破壊すると真性形態が現出する。この事から、 正統悪魔族とはそもそも根本的に別種の種族の個体を封印した状態の単なる呼称に 過ぎず種族名称としては適切で無いとする考え方もある。 通常実体がほぼ人族の姿(稀な例外あり)であるのに対し、真性形態は例外無く翼を 持つ姿であり天使族に大変良く似ている。ただし翼の数が異なる事が多々あり、 最大6対の翼を持つ者が居るとされるが、目撃された記録は無い。 一般論としては翼の枚数は能力の高さに比例するとされる。 個体数は少なく、魔界全体で千体未満と推定される。これは特定の種族が種を 維持し得る最低限度に近く、しかも魔界有史以来増加傾向にあった事が一度として 無い。この点から正統悪魔族は緩やかに滅亡の道を歩んでいるとする説もあるが、 この説を唱えた社会学者(人族であった)は学説の発表後に失踪(※)した。以後、 この説についての考察を深める事はタブー視されている。 (※居住していた家屋には人の形をした焦げ跡が残されていたが、死体が無い為に 失踪として記録された。) 正統悪魔族は特定の場所に家屋敷を建てて住むという点でも悪魔族と異なる。 ほぼ例外無く単独生活であり、同族個体と同居している例は稀である。ただし 身の回りの世話をさせる為に使い魔や使用人を同居させている事は多い。使用人 には他の魔族を選ぶ事が多く、竜族と天使族はまず有り得ない。人族の 場合は人族側が恐れる為に、これも使用人となっている事は少ない。 実体を持っている為に他種族同様に固形の食事の摂取が行われるが、必ずしも必須 では無い。食事を摂らない状態での体力の消耗が少ない事は数少ない悪魔族との 共通点である。 性欲は無いか有っても極く淡白。単為生殖は出来ない為に繁殖行為が必要なはず だが、その目的行為が殆ど成されない。その事が個体数の減少傾向に大きく関わって いると考えられるが、正統悪魔族達自身は全く気にしていない。同族他個体への 興味の薄さは、それが血族相手であっても同様であり血族でありながら一度も顔を 合わせた事が無いなどというのは普通の事である。この様な事情もあり、殆どの 個体は同族の若年者というモノを見た事が無いか最後に見てから永い年月を経て しまっている。その為か、稀に繁殖活動に成功しても養育に失敗する事が多い。 これが個体数減少の悪循環をも生んでいる。尚、繁殖時の行為やその後の経過は 人族のそれに近い。異なるのは女性形態の個体同士でも妊娠可能な事(その場合でも 妊娠するのは一方の個体のみ)と、妊娠期間が平均寿命から換算すると大変短い事 である。(実時間では人族より遥かに長いのだが。) 人族の様な婚姻の習慣は無いが、繁殖行動に際して血の交わりに関しては強く意識 される。その為か相当に古い時代にまで家系を遡る事が可能であり、大変古い時代の 記録が残されているとされる。残念ながら他種族に閲覧が許可された例が無いが、 一説ではこれ以上遡れないところまで辿ると六つの血筋に行き着くと言われる。 この血筋は高貴なる血と呼ばれ、濃く受け継ぐ者は特別な扱いを受けるらしい。 六つの内、二つの血筋のみが直系の子孫を有し他は傍系のみしか残っていないとの 情報もあるが未確認。 悪魔族とは異なり、魔王が失敗作では無い新個体を極く稀に供給しているが、 それが無ければとっくに消滅していた可能性が高い種族である。 前述した様に個体間の連携が希薄であるが、それ故に種族としての意思決定には 強制力のある仕組みが必要であった。その結果として、特に力の強い者数名から なる意思決定機関、通称“元老院”が存在する。ただし元老院が何らかの決定を 行う事は少ない。これは正統悪魔族の行動原理の根幹が“魔王の意に従う”という 点にあり、この点に反しない限りは同族間で大きな揉め事が発生しない為である。 また個体数が少なく生存密度が大変低い事も種族内での争いが少ない理由である。 平均寿命は数千年から数万年と諸説あるが、超長命の者や極く短命の者もおり 平均値はあまり意味を成していないと思われる。

■その他の諸魔族 悪魔族には属さない魔族も多数存在している。それらは唯一1個体しか生存しない ものもあれば、少数だが種族と呼べる個体数を持つ場合もある。中には植物由来で ありながら自律移動を果している物も含まれ、それらを含めた魔族の総種類数は 不明である。 尚、通常はある程度の知性(言語を理解するのが最低限)を持つ物を魔族と呼び、 それ以外は特に呼称を持たない。(人族はそれらを魔物と呼ぶ事が多いが、人族の この呼称においては魔族との境界線は曖昧である。)

■竜族 概ね数メートル程度の体長を持つ爬虫類的な外見を持つ生命体。変身能力を有する が、何にでも変化する訳ではなく特定形状の人族型に変化するのみである。この為、 変身ではなく単なる身体状態の変更に過ぎないとする考え方が近年は主流である。 男女間の体格差が大きい事も特徴的であり、女性は概ね男性の7割未満の体格である。 体色は暗赤色、暗緑色、濃紺、褐色といった彩度の低い色が多い。 極く稀に白色個体が生まれるとされるが実在した記録が無い。 人族形態を取っている場合には例外なく褐色(濃淡はある)の肌となるが、 この際の髪の色が本来の姿の肌の色と一致する。 瞳の色は赤色から褐色の間である事が多い。 知能は人族と同程度。情動も人族に大変近く、人族形態の場合はほぼ区別は不可能。 種の繁栄に直接結びつかない行為へ情熱を向ける事が出来るという点でも人族に 似ており、芸術などへの興味も有している。 個体数は魔界全体で一万程度と推定されるが、ある時代に大きく数を減らしている。 それ以外では概ね微減といった傾向が続いている。 特定の場所に住居を構える生活様式を持ち、複数の個体が集まって生活する。 また血族は同一家屋か極く隣接した家屋で暮らす傾向が強い。竜族は悪魔族の様な 魔力を持つ個体は殆ど居ないが魔力に対する耐性は高い。ただし全ての系統の魔力 耐性という訳でもなく、魔力の系統によっての耐性の差異が大きい。竜族の者達は この事を単に種族の系統などと呼んでおり、似た系統の者は血縁に次いで近い者で あるとしている。これら近縁者の集団が魔界各地に分散して暮らしており、 その集団の規模によって豪族や士族などと呼ばれる。 中でも勢力の大きい士族が10数系あり、通常それらは十八士族と呼ばれている。 前述した様に竜族の者達は複数固体が狭い範囲に集まって家屋を設け暮らしている。 これらは特に規模が大きい場合を除いては部落と呼ばれている事が多い。部落は 基本的に豪族ないし士族(以下、部族と総称)の単位と一致しており、部族の長は 族長と呼ばれる。部族内での問題は原則として族長の裁定で解決されるが、部落に よっては族長に準じた者が数名で採決したり部族の者の多数決を取ったりする等、 変化がある。部族内で解決しない問題は部族間調停の場が設けられるが、その 場合の裁定は十八士族の族長達が大きな影響力を持っている。 竜族は完全な父系社会である。ただしこれは女性の地位が低い事を必ずしも意味 しない。政治的行為、生産、時に戦闘といった部分は完全に男性のみが行い、逆に 女性は家事全般という一見すると男尊女卑とも取れる生活様式を持つ。だがこれは 互いの専門性を尊重し相手の領域には踏み込まないという尊敬の念が発端となって 築かれた文化である。ただし近年は、その理念が失われ“その様に決まっている” という理由が掲げられる事も多い。もっとも、理念が忘れられ行為のみが常識として 残るのは竜族に限った事では無いが。 その外見からは想像しづらいが、ほぼ自給自足の農耕牧畜社会を構成しており、 狩猟採集は補助的にしか行われていない。 婚姻に関しても父系社会の常として、父親同士の話し合いで配偶者が決まってしまう 事が多いが自由恋愛も少なくは無い。相手は同一部族内から選ばれる事が多いが、 これは排他的であるからではなく単に部落が散在していて交流の機会が少ない 事に拠る。適齢の配偶者が見つからない場合には他部落から招く(若しくは嫁ぐ) 事も珍しくは無い。ただしこの場合、前述した系統の近い部落を選ぶ傾向はある。 個体発生には竜族特有のユニークな点がある。竜族は卵生だが、産み落とされた 卵は一定期間母体からの栄養供給を受け続ける。卵と母体は繊維状の供給組織で 結ばれており、人族の臍の緒が出産後も繋がったままの様な状態に見える。卵自体 も産み落とされてからも成長を続け、充分な大きさになった時点で母体との接続が 切れる。それから更に卵内で個体の成長が続いた後に、本当の誕生の時を迎える。 前述した人族形態への変身能力は、概ね自我の目覚めと同程度の年齢で獲得される。 能力自体は身体に組み込まれた物だが、どんな姿に変身するかは後天的要素が 大きい。ただし基本的に身近な者の姿に近似する故、一般的には血族の誰かに似る 事が多く一見すると先天的に受け継いだ姿である様に見える。 平均寿命は千年前後。概ね人族の10倍と考えて良い。

■天使族 人族と似た姿を持ち、1対の翼を持つ事を除けば外見上の違いはあまり無い。 通常は背格好も人族と同程度だが、概ね6分の1程度の大きさに自身の身体を縮小 する事が出来る。縮小した状態では消費エネルギー量が抑えられ、長期の活動が 可能とされる。 他の翼を有する種族が臨機応変に翼を引っ込めたり消したりしているのに対し、 天使族は翼を隠す事を好まない。ここには何らかの彼等特有の矜持があると 考えられるが詳細は不明である。 魔界において繁殖はしておらず、現存個体は全て天界からの移住者達である。 知能は人族と同程度か、やや勝っている。ただし極端な発想の展開は得意では無く 人族によくある発見発明といった方向への知性の発露はあまり無い様である。 前述した理由により、天使族の総数は多く無い。増減の幅も大きいが、概ね 数百名程度とみられる。 魔界においては極く稀な例外を除いて天使族はあまり長命ではない。元々長命の 種族では無いが、魔界独特の陽光(光源が恒星であるのかも不詳)では彼らの 生命活動に必須のある種のミネラル合成が充分に行えない為と考えられている。 その寿命の短さ故、魔界における天使族の生活様式はあまり地に足の着いた物では ない。魔界内に数ヶ所ある、天使族のコミュニティにある家屋に新たに来た者が 住み着き暮らしている事が多い。前述した理由により、空き家には事欠かない為に 新しい家屋が作られる事は少ない。もっとも、天使族の者達は例外なく家屋特に 部屋といった生活の場を大切にする傾向が強く、使用している間は十二分な手入れを 欠かさない。その為、天使族のコミュニティの家屋は年月を経ていても古びては おらず、むしろ風格すら漂わせている。移住者の中には、それほど多くは無いが同族の コミュニティとは距離を置いている者もあるが、その場合でも新たな家屋を建てる 事はせず既存の家屋敷(多くは断絶した貴族階級の屋敷)を利用して暮らす。 魔界と天界が敵対関係にある為、天使族の移住者は常に篤い待遇を受けており空き 屋敷の入手に困難さは無い。もっとも、その点に関して天使族の移住者に割り当てられる 屋敷の多くが自分達の同族となってしまう正統悪魔族の不興を買っている。 総数が少ない事と同族間での遠隔意思疎通が可能な事から、種族全体を統括する 政体は存在しない。これは激烈な管理社会であるとされる天界からの移住者が、 敢えて新たな管理の枠組みに飲み込まれる事を本能的に嫌っているからである とする説もあるが真相は定かでは無い。 天使族は繁殖はしないが形式としての愛の営みは存在する。また、天使族は 同族他者との繋がりを好む傾向があり、独りで暮らしている者はほとんど居ない。 平均寿命は数年程度だが、極く極く稀に魔界にて長命を得る者が居るという。

■人族 つまるところは人間界の者達の事であるが、魔界における人族には固有の事情がある。 まず魔界に住まう人族には大きく分けて生前に魔界へと赴いた移住者と、死後に魔界 にて転生した者とがある。広義では両者共に転生者と呼ばれるが、特に後者を指して 死後転生者と呼んで区別する場合がある。また死後転生者は本来の意味での人の姿を 逸脱してしまっていて所謂魔族と区別が付かない場合もある。 ※原理上は人族以外も死後転生可能であるはずだが、確認された実例は無い。 後者の様な一部の例を除いて“人”に見える人族の総数は数万人程度と言われている。 移住者及び魔界での出生率が共に他種族と比べて高い為、ここ数百年間における 個体数は一貫して増加傾向である。ただし頻繁に他の魔族の餌食ともなる為、 出生数にくらべて寿命を全うする者の数は多くは無い。 文化面でも人族には大きく二つの系統がある。移住者の多くは積極的な理由により 魔界という世界を選んで来ている為、魔界での活動も活発である。多くは特殊技能を もっており、その技能故に悪魔(時に魔王)の囁きを受けて魔界への移住を行った者は 特に顕著な活動を見せる。魔族以外の者であっても充分な威力を持つ魔力の行使が 可能である事を最初に示したのも、これら人族の移住者である。 一方、死後転生者及び魔界で生まれた二世以降は比較的平凡な生活をしている者が多い。 生活様式は人間界の中世の物に近い。農工業生産高は多くは無いが、自給レベルは 越えており幾つかの経済圏では交易も行われている。主要取引相手は同じ人族だが、 農産品の一部は竜族とも交易がある。 魔界では人族は広く薄く点在して暮らしているが、時に寄り集まり集落を形成する。 人間界における村程度の集落から、市街と呼べる規模にまで膨らんだ物もある。 ただし人口が増えすぎた集落は目立ってしまい、結果として魔物の集団に襲われ 短時間で壊滅する事がある。それを恐れて、人族はあまり大規模な集落を作り たがらない。逆に現時点でも残っている大規模集落は何らかの形で他種族との間に 協定がある様である。協定内容については、多くは部外者には語られない為に 詳細は不明だが何らかの見返りと引き換えの不可侵もしくは防衛に関する物の 様である。 また特定の場所に定住せずに移動を繰り返す集団を構築する数少ない種族でもある。 この様な事情から経済以外の面では各集落の連携は薄く、当然ながら種族全体を 統括する政体は存在しない。そもそもそれ以前の問題として、人族は人間界での 各種政治形態の縮図をそのまま持ち込んでしまっており合議制を取る集落から 始まり独裁政治や“共産主義”(内容不明)まで存在する等、とてもではないが 全体がまとまる状態では無い様である。 平均寿命は移住者と二世以降の者は百年前後が多い。死後転生者と移住者の一部は 往々にして数百年単位の長寿となる事がある。ただしその理由は良く判っていない。 人族に固有の性質として、他種族との婚姻にあまり拒絶反応が無いという点が 上げられる。容姿が良ければ相手が同じ種族でなくとも恋愛感情を抱き得るという のは大変珍しい性質である。ただし相手側種族が必ずしも同様な感情を抱く訳では 無い故に、種族間婚姻の成立は決して多くは無い。

■その他 人族の項で触れた様に、数は多くは無いが種族間婚姻の成立が確認されている。 その結果として、幾つかの種族と人族の間には混血種族が誕生し得るとの報告が あるが詳細は不明である。 また、他方の合意の無い形での暴力的繁殖行為の結果でも混血種誕生の例がある とされる。 残念ながら、それら混血種がどれくらいの個体数を有し、また単独の種としての 集団を形成しつつあるのか等は、情報が少なく研究は進んでいない。 この分野にもっとも造詣が深いのは魔王と思われるが、他の問題同様に多くが 他者に語られる事が無い為に真実は不明である。


注釈 本稿の執筆者は文中で触れられている別の人類学者同様に本稿上梓直後に 失踪している。その為、研究が未整理な部分が残っているが後の世にて研究を 志す者への参考とすべく此処に発表する事とした。諸般の事情により、発表者の 素性は明かせない事をご理解頂きたい。また文中、魔王様に対して敬称を欠く等の 甚だしい不遜が見られるが、これは原文の表記そのままであり発表者の責に無い事を 此処に強調しておく。