朝から低い雲が第3新東京市を覆っていた。
静かに霧のような雨が降り続いていた。
その日、碇ゲンドウは一日の仕事を終え家路に就こうとしていた。
「冬月、後は頼む。」
それだけ言うと、エレベータへ向かう。
「うむ。」
見送る冬月。
だが、そのゲンドウを呼び止めるものがあった。
「本部長、冬月先生、至急指令室ヘおいでください。緊急事態です。」
インターフォンから切迫した声が響く。
「何事かね?」
冬月が問う。
「E反応を確認しました。」
にわかに険しくなる冬月の表情。
だが、ゲンドウは無表情に答える。
「わかった。」
それだけ言うと、先ほどとは違うエレベータに向かう。
冬月もまた足早に後を追った。





心のかたち
第1話





二人が地下指令室に到着したときには既に
関係要員はすべて持ち場につき、情報の分析を進めていた。
「状況は?」
冬月が聞く。
「パターン青、間違いありません。」
指令室のチーフ松木が答える。
「場所は?」
「それが...」
「ん?」
「本部ビル内、この下の中央電算室内です。」
「なに!」
驚きの声をあげる冬月。
だが、ゲンドウはいつもどおりの口調で問う。
「間違い無いのか?」
「センサーの自己診断機能やデータエラー他、すべてチェック済みです。」
「正確な場所を特定し、映像モニタに出せ。」
ゲンドウの指示が飛ぶ。
「主モニター、映像出ます。」
前方のオペレーターが即座に応じた。
そこに映し出されたのは、しかし、何もないただの電算室の風景だった。
「ここに、間違い無いのかね?」
冬月が尋ねる。
「間違いありません。」
オペレーターが答える。
「センサーの反応位置を、主モニターに重ねます。」
オペレーターがそう言うと、画面に幾つかの文字情報と
逆三角形のインジケータが表示される。
インジケータは部屋の一角にある機械を指し示していた。

「ゲートウェイか。」
冬月がつぶやく。
その時、別のオペレータから声があがる。
「弐号電算機、システム診断エラー!」
「何だと?」
「こちらからのコマンドを受け付けません!」
「初号機から直接プロセッサを診断したまえ。」
冬月が指示する。
「弐号機、システムがリプログラムされています!」
「ワームなのか?」
「不明ですが、現在参号機へアクセスを試みています。」
システム専属オペレータが、即座に対処を開始する。
「直結回線へ疑似エントリ展開し、アクセスを回避します。」
「疑似エントリ、迂回されました!」
「続けて展開。」
「再度、迂回!」
「参号機へ、アクセス開始されました!」
ゲンドウが指示を出す。
「I/Oシステムをダウンさせろ。急げ。」
松木とオペレータの一人がそれぞれ胸ポケットから
鍵を取り出し、それぞれのコンソール下のボックスに差し込んだ。
「タイミング合わせどうぞ!」
オペレータが叫ぶ。
「3.2.1.切断!」
松木の掛け声で2つの鍵が同時に回される。
だが、
「I/Oシステム、落ちません!」
「参号機、未登録プロセス稼働中。データベースにアクセス開始。」
「何を知ろうとしているのだ?」
冬月の問いかけに、オペレータの一人が答える。
「本部ビル内、電話回線構成データに侵入。」
「?」
誰もが、その理由を図りかねて一瞬の沈黙。
その時、
プーッ、プーッ。
ゲンドウの手元の電話機の呼びだし音が鳴った。
ゲンドウは受話器を取る。
「誰だ?」
「...チッツッ ...」
一瞬、不明瞭な雑音が聞こえたが、すぐにはっきりとした声になった。
「はじめまして。私は 春日ミドリ。17人の内の一人と言えば、
何者かはお判りいただけますね。」
ゲンドウはめがねを押し上げながらその声を聞いていた。

「突然、失礼な訪問の仕方をしました。申し訳ありません。」
「目的は何だ?」
「実は、碇ゲンドウさん。あなたにお願いがあるのです。」
「言ってみたまえ。」
「場所を替える事は出来ないでしょうか?」
「なぜだ?」
「冬月さんも交えて、お話したいのです。」
「いいだろう。」
「あと、その間、オペレータの方々に何もしないように
言っていただけると嬉しいのですが。
カウンター攻撃をかわし続けるのは結構大変なものですから。
もちろん、私もその間はシステムに一切干渉しないことを約束します。」
「わかった。」
ゲンドウは受話器を置くと、松木に告げた。
「全員、現状維持のまま待機。」
「待機ですか?」
松木が尋ねる。
「そうだ。」
ゲンドウの簡潔な答は、それ以上の質問を許さなかった。
「どういうことだ、碇?」
代わって、冬月が問う。
「来てくれ、冬月。」
答える代わりに、冬月をエレベータへ促した。

二人がゲンドウの執務室に入ると、再度冬月が尋ねた。
「碇、どうなっている?」
「客だ。」
そう言うと、ゲンドウは机の上のインターフォンのボタンを押した。
「はじめまして、冬月さん。私は 春日ミドリと言います。
私の提案で、お二人にはここに来ていただきました。
わがままを言ってすいませんでした。」
「下の状況は君がやったことかね?」
「はい。」
これで、冬月も大体の状況を理解した。
「さあ、何が望みなのか言ってみたまえ。」
ゲンドウが促した。
「私を助けていただけないでしょうか?」

そのころ、地下指令室では若干の状況の変化が起こっていた。
「E反応、消失。」
「システムは?」
松木が問う。」
「参号機、未登録プロセス消失。弐号機は変化なし。」
「わかった。」
「いったい何が、起こっているのだ?」
松木は執務室のある方向の天井を仰ぎ見ながらつぶやいた。

「君を助けるとはどういうことかね?」
冬月が柔らかな物言いで尋ねた。
「ご覧のとおり、私は自分の入れ物を持ってきていません。
あいつの所を逃げるときに置いてきてしまったのです。」
ゲンドウと冬月には、「あいつ」だけでそれが誰なのかすぐにわかった。
「あいつの居場所を教えます。その代わりに私の身体を取り戻して欲しいのです。」
「君は、自分の精神とその力を身体の外に出せるわけかね?」
「ええ。でも正確には、別の、知能を持ち得るものが媒体として必要なのです。
生き物でも機械でも。もっとも、機械に移したのは今回が初めてで
いろいろ、戸惑っていますが。」
話しているうちに、ミドリの声は人間らしい抑揚を表していった。
本部ビル内のシステムを上手に扱えるようになって来ているようだった。

「なぜここに来たのかね?」
「以前から何度かこの町に来ていました。
いろいろと調べ事をする為にですが。
そのうちに、お二人なら私の未来を託せるのではと
思いまして。」
「ふむ。」
冬月は多少憮然とした表情であった。
恐らくミドリと名乗るこの何者かが
自分達の過去の作戦失敗の原因になっているのではと
思われたからだ。
「私が過去に皆さんの邪魔をしたことは事実です。」
ミドリは訊かれる前に冬月の疑念に答えた。
「そうか。では我々は何をもって、
君の話を信じれば良いのかね?」
「......残念ながら保証する術がありません。」
「正直だな。」
冬月は苦笑した。

「わかった、その話に乗ろう。」
しばしの沈黙を破ってゲンドウが答えた。
「本当ですか?」
「ああ。そのかわり君が持っている情報はすべてもらう。」
「もちろんです。では、一つお目に掛けましょう。」
ミドリがそう言うと、ゲンドウの執務机に埋め込まれたモニターに
何かが表示された。
それは地図であった。
中心に印があり、そこの緯度と経度が示されていた。
「アフリカか。」
のぞき込んだ冬月がつぶやく。
「ナイロビ郊外、キリマンジャロの南麓です。」
「施設の構造は?」
その質問に答えるようにモニターの表示が建物の設計図に切り替わる。
「厄介だな。」
冬月の言葉どおり、それは厄介な施設だった。
図面からそれがよく分かる。それは要塞の図面だった。
「その他の情報はすべて、ここの電算機の共有記憶域に入れておきます。
取扱はお任せします。私が持っていても仕方ありませんので。」
「後は、我々の仕事だ。任せたまえ。」
「はい。」
ミドリはゲンドウの力強い言葉で、すべてを託す決心をした。

「当面、君はどうするね?」
冬月が尋ねる。
「お邪魔でしょうから、とりあえずこちらのビルからは出ようと思います。」
「特定の記憶域が無くて大丈夫かね?」
「なんとかなります。ネットワークに意識を分散させれば
目立たずに済むと思いますので。
しばらくの間、第3新東京市全体を
神経ネットワークとしてお借りしてもよろしいでしょうか?」
「仕方あるまい。」
「ありがとうございます。何かありましたら、
その番号まで電話をしてくだされば、すぐに参ります。
では、私はこれで失礼します。」
そう言うと、それっきりミドリの声は聞こえなくなった。
インターフォンもいつのまにか切れている。
執務机のモニターには1つの電話番号が表示されていた。

「信用して良いものかね。」
冬月も本当は素直に信じたかった。
だが、参謀の役目としては、こう言わざるを得ない。
「問題無い。」
「あの男を使うのか?」
「いや。彼にはいざと言うときのために、子供たちのそばに居てもらう。
現地には私が行く。」
冬月の思ったとおりの返事だった。
「E反応、消失しました。」
地下指令室より、連絡が入ったのはその直後だった。
「わかった。通常待機へ移行。」
「了解。」
それだけ言うと、インターフォンはふたたび沈黙した。
碇ゲンドウが出張と称して日本を後にしたのは
それから、5日後のことであった。






自分の視界を色とりどりの光の筋が取り巻いているように思えた。
そのどれかに耳を澄ますと、それは人の話声であったり、
映像であったり、数字の羅列であったりした。
ミドリはその光の河をいつまでも漂っていた。
どのくらいの時間がたっているのか、
眠ることも目覚めることもない状態では時間は無いのと同じだった。
興味深い光の奔流を見付けてそれを辿ってみた。
何度か、覗こうとしたが出来なかった場所に出た。
ネルフ本部ビル以上に厳重な所だ。

だが、今日はいつもと違う部分に意識が行った。
手強い相手のすぐ外側にある光の回廊。
何かの建物のローカルネットワークだろうか。
流れているのは、何かの設問、答え、連絡事項...
ここは学校だろう。
多少マシな処理能力がありそうな所に
意識を集めてみた。
教室内のたぶん誰も使っていない机の端末につながった。
この端末は音声は扱えるようだ。
まわりの音がだんだん聞こえてきた。

周りでは皆、思い思いの会話を楽しんでいる。
授業中ではないらしい。
一人の声が耳に入った。
「・・・て、色白だよね。前、夏に旅行に行った時とか結構日に
当たってるはずなのに日焼けとかしないし。」
「アンタ、なんか病気でも持ってんじゃないでしょうね。」
「ボクが色白なのは、シンジ君に好きな色に染めて...」
ガスッ!
「引っ込め!」
なにか野菜を踏み潰したような音と、二人の女の子の息の合った
声がした。
「そこまで、しなくてもいいんじゃないかな...」
「バカシンジ、アンタが変な話題を出すからバカカヲルが調子に乗るのよ!」
「ご、ごめん。」
「そんなにシンジ様を苛めないでくださいぃ。」
「イジメてんじゃないの。これは、教育よ!教育。」

教室の端末にはカメラが付いていないので
細かい様子までは分からないが、
結構、激しい。
聞いたことのある名前も飛び交っている。
シンジ君とやらが話の中心なのだろうか。
どんな、子なんだろう。
ちょっと気になる。
逢ってみたい。
何処かにカメラが無いだろうか。
オンラインでないと困るのだが。
そうだ、生徒の情報を覗いて彼のことを知ろう。
そうすれば彼にもっと近付ける様な気がする。

それから、いろいろと探したが、
結局シンジ君を見ることが出来る場所は無かった。
やはり、こんな時には身体がないのは不便だ。
力を使えば知覚能力も上がって、もっといろんなことが
分かるのだが、大人しくしていないと今はまずい。
しかし、気になる。
シンジ君のこと。
彼の友達のこと。
彼の家族のこと。
.....

ん?誰かが呼んでる。
と言っても、今の私を呼ぶのはあの人しかいないか。
しょうがない、でかけよう。






「あまり、良い話しではないようですね。」
ネルフ本部ビル、ゲンドウの執務室に声が響いた。
「分かるのかね?」
力のこもらない冬月の問い。
「ええ。何となくですが。」
しばしの沈黙。そしてゲンドウが口を開いた。
「襲撃は失敗した。」
「.....」
「我々が赴いた時には既に研究所は放棄された後だった。」
「そうですか...」
「内部は熱処理され、何の痕跡もない。」
「......」
「ベークライトで固められたまま殆ど炭化した遺体を回収した。」
「それは私だろうと思います。」
抑揚の無い声が答えた。
「君が外部からの刺激に反応しなくなったので、
おそらく脳死と判断されたのだろう。
そして処分された...」
「あいつらなら、当然そうするでしょう。」
「力になれなくて済まなかった。」
「気にしないでください。
もともと、こちらからお願いしたことですし
研究所を逃げ出したときに身体のことはあきらめていましたから。」
「しかし...」
冬月がすまなそうにつぶやく。
恨み事でも言ってもらったほうが気が楽だった。

「いろいろと、ありがとうございました。
そう言う事であれば、こちらの皆さんには
被害は無かったのですね。」
「ああ。」
「安心しました。」
「しかし、君の戻る場所が無くなってしまったぞ。」
これからのことを案じるように冬月が尋ねる。
「そうですね。」
ミドリの声からは感情が読み取れなかった。
以前に話したときは、そうでは無かったのだが...
それが、却って心の乱れを表しているようだった。

「当てはあるのか。」
ゲンドウが尋ねる。
もちろん、あるわけはないのは分かっていた。
「いいえ。」
「ならば、しばらくその状態で我慢してくれ。
早急に代わりの身体を探す。」
「身体を?」
「そうだ。」
「しかし....」
「安心しろ。そのために誰かを犠牲にしたりはしない。」
「.....お任せします。」
どのみちミドリには選択の余地は無かったのだ。
既に運命を委ねている。

「....お願いがあります。」
「なんだ?」
「ここは飽きました。外に出てみたいのです。
身体のあてはあります。人間ではありませんが、
意識の一部は移せます。それで、しばらく暮らしたいのです。」
「そんなことも出来るのかね。」
冬月は驚嘆した。
「ええ、それで暮らす場所なんですが。」
「どこか、希望があるのかね。」
「私の知り合いが既にこの町で暮らしていますね?
それと、碇シンジ君、彼に逢ってみたいのですが。」
「そうか。」
ゲンドウが静かに答える。
「いけませんか?」
「問題無い。好きにしたまえ。」
「ありがとうございます。」
すこし弾んだ口調に感じられた。
「早速、明日にでもお邪魔します。」
「ああ。」
「では、私はこれで失礼します。」
ミドリがそう言うと、辺りを沈黙が支配した。

「また、同居人が増えることになりそうだな。」
「問題無い。」
「お前の息子は、なぜかあの子たちに慕われるようだ。」
「...」
「シンジ君があの子たちの希望なのかもしれん。」
「...」
ゲンドウは何も答えなかった。






その日、シンジとレイは頼まれていた夕食の材料を買って
家へ戻る途中だった。
シンジたちの家の前まで戻ってきたとき。
「ねぇ、シンちゃん。あれ、あれ。」
レイがマンションの入口の脇を指さす。
「え?」
シンジがそちらを見ると、そこに
一匹の猫が居た。
茶と黒の交じった少し長めの毛。
太くて長いシッポをぱたぱたさせている。
そして、二人の方をじっと見ていた。
「かわいいっ。」
言うが早いか、レイはそばによると猫を撫で撫でしている。
「何処の子だろう。」
レイが尋ねる。
「さあ、見たことない猫だよ。」
「じゃぁ、じゃぁ、つれて帰ろう。」
「だめだよ。うちは犬猫は禁止なんだ。」
「でも...」
不満そうなレイ。
シンジも猫が嫌いなわけでも無いのだが、
連れていって、また捨てに来るのは
かえってつらいのだ。
しばらくレイが猫を撫でているのを見届けてから
シンジは促した。
「行こう。」
「うん。」
レイも後ろ髪を引かれながらも従った。

エレベータに乗り、玄関まで来た。
ドアを開けて、中に入る。
「ただいま。」
「ただいまぁ。」
奥からユイが顔を出す。
「お帰りなさい。あら、どうしたのその子。」
「え?」
言われてシンジがユイの視線の先を見ると、
先ほどの猫が、さも当然と言う顔をしてそこに居た。
「あ!」
気付いたレイが抱き上げる。
「ついて来ちゃったんだ。」
シンジは下でのいきさつをユイに話した。
「でもねぇ。ここはそういう大きな動物は飼えないのよ。」
レイは何も言わずにうつむいている。
シンジもなんと言っていいやら分からなかった。
そこへ、奥からゲンドウが現れた。
今日は早く戻ったようだ。
「父さん、今日は早かったんだ。」
「ああ。どうしたんだ。」
三人が立ちつくしている状況について声を掛ける。
「うん。これなんだけど。」
シンジはレイの方に視線を向けた。
ゲンドウもそちらを見る。
そして、レイの抱いている猫を見て状況を察した。
なぜか猫もじっとゲンドウを見つめ返した。

「ついてきちゃったの。」
レイが沈んだ声でつぶやいた。
「ユイ。」
ゲンドウはユイに声を掛ける。
そして、軽くうなずいて見せた。
それだけでユイにもゲンドウの言わんとすることが分かった。
「いいわ、家で飼ってあげましょう。
でも、世話はちゃんとしてね。」
「いいの?」
シンジは意外な展開に思わず聞き返した。
「ありがとう!お父さま、お母さま。」
レイは顔を上げると元気な声を上げた。
「よかったね。」
「うん。」
喜び合うシンジとレイを見ながら、ユイはそっとゲンドウに耳打ちした。
「また、家族が増えましたね。」
「済まないが、よろしく頼む。」
「二人も三人も同じですから。」
そう言うとユイは台所に戻っていった。

リビングで猫を抱きながらレイがシンジに聞いた。
「名前、なんて付けようか?」
「え?」
「猫の名前だよ。」
「あぁ、何がいいかな。」
「メルなんてどう?」
「ちょっとおしゃれすぎない?」
「そうかな。」
「こいつ雑種っぽいし、似合わないよ。」
その時、何だか猫が睨んだような気がしたが、
シンジは気のせいだと思うことにした。
「じゃぁ、何か良い名前ある?」
レイが代案を求める。
「たま。」
「なにそれ?」
「伝統的な猫の名前。」
「却下。」
「どうして。」
「カッコ良くないから。」
「....」
「....」
二人が考え込んでいると、新聞を読みふけっていた
ゲンドウが声を掛けた。
「ミドリ。」
「え?」
シンジが聞き返した。
「ミドリ、その猫の名前だ。」
初めから決まっているような口ぶりにシンジが問い返す。
「どうしてさ?」
「瞳が碧色だからだ。」
言われてみると確かにその猫の瞳は深い海の色だった。
「ミドリ...」
レイがちょっと驚いたような顔をしてゲンドウの方を見たが
「悪くないかも。」
そういって、賛意を表した。
「レイがいいなら、それでいいよ。」
シンジにも明確な反対理由は無かった。
「では、決まりだ。」
ゲンドウはそれだけ言うとまた新聞を読みはじめた。
「ミドリぃ。きみは今日からミドリだよ。」
レイが顔をのぞき込むようにして猫に話し掛ける。
ミドリは何も言わずに見つめ返した。


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