モーニング・スペシャル

その日、私は朝九時半に職場を後にした。
夜勤明けである。
自分で言うのも何だが、私は比較的責任ある立場なので
三日に一度は夜勤がある。
このごろは、夜勤明けがきついと感じることが多い。
こんな時に自分が既に若者では無いのだと気付かされる。

自宅の最寄りの一つ手前で環状線をおりてから
ぶらぶらと歩くのだ。
その途中にある喫茶店。
夜勤明けのときは、ほとんどここで朝食を摂る。
カラ〜ン。
ドアの所にあるベル、本当は別な呼び方があるのだろうが、
この音も気に入っている。
この時間、客はまず居ない。
私はいつものように奥の窓際に座る。

「いらっしゃいませぇ。」
おや、見かけない娘だ。
「ああ、モーニングセットを。」
「かしこまりましたぁ。」
バイトか。
高校生かな。
そうか、もう冬休みなのか。

「ワン。モーニングですぅ。」
「はーい。」
ん?カウンターもバイトの様だ。
「えっと、なんだっけ。」
「ほんと、物覚え悪いわね。アンタはトースト焼くのよ。」
「あ、そうだ。」
「あの〜、セットのコーヒーって、何付けるんでしたっけ?」
「アメリカン!]
「はぃ。」

あの、赤いエプロンの娘がリーダー格か。
この娘たち、何処かで
見かけたような気がするが...

「ねぇ、パン。これで厚くないかな。」
「アンタだったら、それが出てきたら嬉しい?」
「うん!」
「じゃ、厚すぎよ。」
「...」

私は、ブ厚くてもいいんだが。

「コラ、そこ!」
「はぃ?]
「コーヒーは最後に注げばいいの!」
「はぃ。」

別に、先に持ってきてもらっても構わないよ。

「手持ちぶさたですぅ。」
「接客担当は、そこで待ってればいいの。」
「トースター、何分?」
「最後に使ってから、だいぶ経ってるでしょ。」
「うん。」
「じゃ、5分。」

こんがりと、頼むよ。

「えーっとぉ、」
「火を使ってる時は、話しかけないで。」
「はぃ。」

スクランブルエッグは、ふっくらとね。

「焼けたよ。」
「バター。」
「ほいほい。」
「こっちも、いいわ。」
「コーヒー注ぎますぅ。」
「あと、サラダをだして。」
「これで、いいかな。」
「よし!、もってって。」
「はい!」

「お待たせしましたぁ。」
「ありがとう。」
「ごゆっくり、どうぞ。」

おお、トーストがいつもより厚い。
その分、中の方が温まっていないが。
スクランブルエッグは、胡椒が強めだな。
コーヒーが、今日は良い香りだ。
作り立てのいいタイミングに来た様だ。

「朝の忙しい時間過ぎると、急に暇になるんだね。」
「当然でしょ。普通、仕事してる時間よ。」
「ああ、そうですねぇ。」

私は、仕事帰りだ。
断じてプータローではないぞ。

「あと、徹夜明けの人とか来ないのかな。」

来てる。

「本、書く人なんてどうでしょう。」

残念だが、ハズレ。

「うちのパパなんか、あっちでは一日中、入り浸って居そうだわ。」
「ハハハ。」
「くす、くす。」

君のパパさんは、遊び人なのか。




バイトの娘たちの話を聞くともなく聞いていたら、
何時になく長居をしてしまった。
珍しくコーヒーもおかわりしたし。
そろそろ、帰って寝るかな。

「御馳走様。」
「はい!、え〜と、600円ですぅ。」
「じゃ、これで。」
「はい。」

彼女、私から受け取ったカードをレジに逆さまに
突っ込んでないか...

「あれぇ。」
「逆さまよ!、黒い方が下!」
「あ!」

この娘、カード使ったことが無いのだろうか?
自分では持って無いだろうが、
それでも一度ぐらいは使った事が有るだろうに。
もしかして、何処かの大金持ちのお嬢さんか。

「失礼しました。」
「いや。」
「ありがとうございました。」「ありがとうございました。」「ましたぁ。」

店を出て、しばらく行くと前から知った顔が近づいてきた。

「やあ、マスター。」
「あ、おはようございます。」
「バイトの娘、入れたんだね。」
「ええ、ちょっとした知り合いの口利きで。
あ、何か粗相でも?」
「いやいや。ちゃんとやってたよ。」
「そうですか、よかった。」
「冬休み中だけなの?」
「年内だけなんですよ。」
「そう、残念だな。」
「は?」
「いや、何でもないよ。じゃ。」

結局、私は大晦日まで毎日同じ朝食を食べた。
次の期間限定スペシャルは春だろうと期待している。


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