第3話

午後の日差しが、碇家のベランダを被っていた。
ミドリはその中で至福の時を送っていた。
丸くなって駄眠をむさぼる。
そんなミドリを、電話の呼びだし音が揺り起こす。
ただし、他の誰にも聞こえない音だったが。
「ふぅ、また何かあったのかな。」
ミドリは独り言を言うと、自分を呼ぶ者の方へ向かった。
身体は身動き一つしないままに。

「こんにちは。冬月さん。」
「来ましたよ、ゲンドウさん。」
ゲンドウにはいつも会っているので、
なんと声をかけるか迷って妙な言い様になってしまった。
「なにか私に御用でしょうか?」
「今日は、きみに見てもらいたいものがあってね。」
冬月が穏やかな口調で語り掛ける。
「何でしょう?」
どうやら、事件というわけでは無いらしい。
「君の、新しい身体だよ。」
「え...」
意外な展開に少々戸惑うミドリ。
「以前、約束していたものだ。」
ゲンドウが補足する。
たしかに、そんな話しがあったかも知れない。
「会って見るかね?」
冬月の問いにミドリが答える。
「はい。」
明らかに不安が交じりあった声が響く。
「では、このアドレスにアクセスしたまえ。」
言いながら、ゲンドウが自分の執務机のキーボードを使い
ネットワークアドレスを入力する。
それは、そのままミドリの思考に流れ込んだ。
「第3新東京市立総合病院ですね。」
「そうだ。」
「行って見ます。」
ミドリがそう言うと、ゲンドウの執務室に静寂が訪れた。

「様子はどうかね?」
冬月が尋ねる。
「変化なしだ。」
執務机のモニターを見ながらゲンドウが答える。
モニターには第3新東京市立総合病院の特別病棟の一室が写し出されていた。
二人が見つめるモニターには、広い病室の中央に
たった一つだけ置かれたベッド、そして生命維持装置に
繋がれた一人の人体が写っていた。
その身体には生気が無かった。
ただ機械によってその状態を維持しているだけの存在に見えた。
しばし後、静止画のようなモニターに変化が現れた。
ベッドの上の主がゆっくりと目を開けた。
そして、辺りを見渡した。
まるで、自分の置かれている状況を確認するように。
それからすぐに、目は閉じられた。

すこし間を置いて冬月が声を掛ける。
「どうかね?」
ゲンドウの執務机のコンソールのスピーカから答が返る。
「良さそうです。」
ミドリが答える。
「かろうじて確保した君の残骸からおよその身長、性別、血液型は調べた。
 それに基づいて、なるべく近い身体を選んだつもりだ。
 気に入ってもらえたかね?」
「ええ。きれいな身体です。
 ですが、元の持ち主はどうしたんですか?」
「事故でね。脳内出血で重体となった。
 手術を受けたが、回復しなかった。
 身寄りが無かったので延命措置の打ち切りを判断する者が居なかった。
 それで、1年ほど前からずっとそのままの姿で居たわけだ。」
「そうですか...」
「何か問題でも在ったのかね?」
「いいえ。ただ...」
「ん?」
「元の持ち主の心はもう遠い所に行ってしまった様ですが、
 記憶の断片が残っています。」
「うまく適合できないのか?」
ゲンドウが多少心配そうに尋ねた。
「私は今まで既にそこに存在する精神に融合して
 知識を吸収していましたので、
 心を介さずにいきなり個人の記憶に遭遇したので、
 勝手が判りません。時間が掛かりそうです。」
「慌てる必要はない。ゆっくりやり給え。」
「はい。」
「肉体的なリハビリも必要だろう。」
冬月の心配も当然だった。
「ええ。身体は全く動きません。
 こちらはおいおい慣らして行くことにします。」
「うむ。外向きの事は任せたまえ。」
「はい。よろしくお願いします。」
「では、次は病院で直に会うことにしよう。」
「ええ。では、失礼します。」

「上手く行くといいが。」
「問題あるまい。」
「身体の方は良いとしても、その後のこともあるぞ。」
「手は打ってある。」
「だろうな。だが、碇、お前の家はいい加減手狭だろう。」
「ああ。だが、問題はない。」
「そうか。」
冬月はそれ以上の質問はしなかった。
すでに答はすべて準備されていることを
十分に承知していたからだ。

幾日か後、ゲンドウそして冬月は第3新東京市立総合病院の
一室に居た。
特別病棟の隔離病室。
以前、シンジが入院していた部屋だ。
だが今は、別の子供がそこには居た。
大掛かりな生命維持装置。
そして、なぜかネットワークに直結した
端末装置が接続されている。
ベッドに横たわる身体。
だが、以前モニターを通して見たときより
生気が感じられた。
冬月が病人を気遣うようにそっと声を掛ける。
「ミドリ君、調子はどうかね?」
その子供、ミドリはそっと目を開いて
そして自らの口から声を発して答えた。
「だいぶ良くなりました。」
そう言うと自分で上体を起こした。
長い間寝たきりであったのでかなり痩せているが、
それほど不健康には見えなかった。
「身体も大体言うことを聞くようになりました。」
「そうかね。それは良かった。」
「お二人には、感謝の言葉もありません。」
「急なことだったのでね。多少健康に問題がある身体だったが。」
「いいえ。それに以前の私より美形です。」
「気に入ってもらえてなによりだ。」

「冬月、退院の予定は?」
ゲンドウが尋ねる。
「そのことだが、担当医は仰天していたぞ。
 死を待つだけの患者のはずが、突然目覚めたのだからな。」
「医者のシナリオに無い事も起こるさ。」
「うむ。念のため後一週間ほど様子を見たいとのことだったが。」
「どうする?」
ゲンドウがミドリに聞いた。
「私はすぐにでも学校に行きたいのですが。」
「まあ、慌てなくても学校は逃げんよ。」
冬月が諭すように語り掛ける。
「分かりました。」
素直に従うミドリ。
「退院は来週の水曜としよう。
それまでに、君の新しい生活の準備はしておく。」
「はい。」
「それではな。」
そう言って出ていこうとする二人をミドリは呼び止めた。
「あの。」
「ん?なにかね。」
冬月が答える。
「いずれ必ず皆さんのお役に立ちます。
 私に出来ることがあれば何でもおっしゃってください。」
「ああ。頼む。」
ゲンドウは簡単に答えると病室を後にした。
後に続く冬月が問うた。
「あの子にも何かさせるのかね?」
「すべてがかたずく迄は、多少の危険は起こりうる。」
「やむをえんか。」

ある週の金曜日。
その日の授業開始前、シンジたちのクラスは
いつもどおり朝のおしゃべりの真最中だった。
そこへ、ホームルームの為に担任がやってくる...
はずだったが。
ガラッ。
戸を開けて現れたのは副担任のリツコだった。
「起立!」
ヒカリの号令でとりあえず朝の挨拶。
だが。
「?」
クラスの全員の疑問にリツコが答える。
「葛城先生は体調を崩して本日はおやすみです。」
さすがに二日酔いで休みとはリツコは言えなかった。

「それから、あたらしいクラスメイトを紹介するわ。
 入ってきて。」
リツコはそう言うと開けたままの扉の方に向かって手招きした。
一人の線の細い子供が入ってきた。
ズボンにワイシャツ。
ボタンは一番上まですべてはめている。
手を後ろに組んで教壇の脇に立つ。
ブロンドに近い淡い茶色の髪を短めにカットしている。
レイやカヲルとは違うタイプの白い肌。
なかなかの美形、ちょっとつり上がり気味の目なので
きつそうな感じに見える。その瞳は海のように深い碧。
「皆さんはじめまして。春日ミドリです。」
小鳥のさえずりの様にさわやかな声が教室に響く。
その名前にちょっと聞き覚えのある何人かが
「おや?」
と言う顔をする。
そして、その名前に衝撃を受けるものが二人。
「うそ...」
「そうか。手に入れたんだね。」
そんな、数人の感慨をよそにミドリは自己紹介を続けた。
「都合でこの町で暮らすことになりました。
 いろいろ分からないことだらけですが、よろしくお願いします。
 それと、私こんな格好してますが一応、女なんです。」
最後の一言はほとんどの生徒に衝撃を与えた。
先ほど衝撃を受けた二人を除いて。

「じゃぁ。春日君は後ろの開いてる席に着いて。
 それから、さっきも言ったけど葛城先生はお休みなので
 1時間目は自習にします。大声で騒がないのよ。」
リツコはそれだけ言うと、そそくさと教室を出ていった。
最後の一言は、生徒達がどうせ自習なぞしないことを見抜いていた。
既に、ミドリを囲んでおしゃべりに花が咲いている。
「春日さん、なんで男物きてるの?」
「なんとなく。」
「以前は何処に住んでたの?」
「ナイロビ。」
「え、何処それ?」
「アフリカの真ん中辺かなぁ。」
とりあえず新参者が聞かれる質問は一通り出されていた。

そのころ少し離れた席にて。
「また、妙なのが来たわね。」
「そうかなぁ。」
「ちょっと、カッコいいかも。」
「ヒカリ、アンタああいうのがタイプな訳?」
「い、一般論よ。」
「私も後でお話ししたいですぅ。」
「まったく、転校生ぐらいで騒ぎよってからに。」
「また、商売になるかも...」
ケンスケだけは声に出さずに思った。
さらに別な席では。
「やっぱり、あの子。」
「ああ。間違い無いだろうよ。」
「身体、取り戻したの?」
「別な身体を手配してもらえるって言ってたよ。」
「そうなんだ。」
「しかし、マズイ事になってきた。」
「なんで?」
「僕とシンジ君の仲に危機をもたらす...」
カヲルは途中から床に転がった。
レイはそのままシンジ達の方に合流していった。

その日の昼休み。
今日はいつものメンバーが一箇所に集まっての昼食となった。
カヲルとケンスケはパンを買いに教室を後にした。
二人に後ろから声が掛かる。
「一緒についていってもいいかな。」
振り返るとちょっと緊張気味に見えるミドリが立っていた。
「君も弁当無しか。」
ケンスケが聞いた。
「うん。」
「じゃぁ、好きにしなよ。」
「ありがとう。」
笑顔がこぼれる。
その間、カヲルは黙って微笑んでいた。

シンジ達は弁当に手を付けずに大人しく待っていた。
レイは既に箸を持って臨戦体制をとっていたが。
そこへ、パン組が戻ってくる。
二人のはずだが。
「あ、どうしたの。」
シンジが真っ先に疑問をぶつける。
「途中で一緒になってさ。別に構わないよな。」
ケンスケが新しい仲間の加入を宣言した。
もちろん誰も異存はない。
早速、ミドリを囲むような形で昼食となった。
「春日さん、もう散々聞かれてうんざりかも知れないけど...」
ヒカリがそれでも好奇心を押さえ切れずに言った。
「構わないですよ。私も自分のことを知ってもらいたいし。
 あ、でも春日さんは止めてください。ミドリでいいですよ。」
「じゃぁ、ミドリさん。どうして第3新東京市へ来る事になったの?」
自己紹介では触れていない少し詳しい話しを期待しての質問だった。
「留学みたいな感じでナイロビで暮らしてたんですよ。
 でも、あっちの都合で居られなくなって、それでこの町の知り合いを
 頼ってきたんです。」
「へぇ。アフリカに住んでたの。」
「なんか、カッコいいね。」
「でも、ほんの数ヶ月でしたけど。」
「でさ、どうしてアンタは男の真似してんのよ?」
「うーーん、別に理由は無いんですけど。
 強いて言うなら、なんかスカートとか似合わなそうでしょ。」
「て言うことは、スカート履いたこと無いわけね。」
「そうなりますね。」
「そうなんですかぁ。」
なんとなくくちばしを突っ込みにくい話題になっていたせいもあるが、
シンジはなぜかレイの口数が少ない気がして話題に集中できなかった。
「どうしたの?」
我慢できずに聞いてみた。
「え、ごめん。なんか言った?」
「なんだか、元気無いみたい。」
「そんなことないよ。ちょっと考え事。」
「なら、いいけど。」
シンジとレイがぼそぼそ喋っていては、
黙っていられない者が約一名。
「なにコソコソやってんのよ!」
「な、なんでもないよ。」
いつものようにうろたえてしまうシンジ。
「じゃあ、アンタもこっちに参加しなさい。」
「う、うん。」
「ごめんね、シンちゃん。」
「いいよ。別に。」
そんな様子を見ていたミドリがぼそっと一言。
「もてるね。シンジ君は。」
「な、なによそれ!」
「シンジ様は私の物ですぅ。」
「ちがーうっ。」
「ほらほら、興奮しないで。」
いつも通りの展開になりトウジとケンスケは
放って置くことにして食事に専念した。
カヲルだけは別の心配をしていたが。
「やはり、ミドリは要注意だ。」
レイに張り倒されるので口には出さなかったが。

午後の授業も終わり、後は帰るだけだ。
シンジとレイ、それにアスカはいつもどおり一緒に帰る。
それを見送るトウジとケンスケ。
「どうやろ、今度の転校生は。」
「うーーん。美形ではあるけど、趣味が別れるかもね。」
「そうやな。ちょっとキツイ顔つきかもしれん。」
「どっちかと言うと、女子にモテそうなタイプだよ。」
「商売にはなりにくいか。」
「かもね。」
二人の経営戦略会議は、更に続いていった。

帰り道をゆっくりと、おしゃべりしながら歩く
シンジ達三人。
「レイ、アンタ今日元気無いわね。」
「そんなこと、ないよ。」
「僕も元気無いと思う。」
「あの、転校生のせいでしょ。」
アスカの指摘にハッとなるレイ。
「どうして?」
「レイは転校生が来るたびに、様子が変になるからよ。」
「そう..そうかもしれない。」
なんだか、考え込んでしまったレイに
何と言って良いやらシンジが悩んでいると、
「あ、アイツ。」
アスカの声に二人がその視線の先を辿る。
今来た道をミドリが歩いてくるのが見える。
そして、見る間にすぐ側に来た。
「春日さんも、家こっちの方なんだ。」
「うん。」
「じゃぁ、途中まで一緒に帰ろう。」
「ありがとう、シンジ君。あと、ミドリって呼んでよ。
 惣流さんもね。」
「わかったわよ。アタシのこともアスカでいいわ。」
「ありがとう。」
レイは相変わらず静かだったが、
とりあえず歩き出す四人。
そして、程無くシンジたちの住むマンションへ着いた。
「じゃぁ、僕達はここだから。」
「知ってる。」
「え、なんで?」
「あぁ、クラスの住所録を見たから。」
「そうなんだ。」
「うん。じゃ、また後で。」
そう言うと、ミドリはアスカとレイにも
微笑んでからスタスタと歩き去った。
「なんで、また後でなんだろう。」
シンジは思った。が、
「やっぱり、あとでがあるんだ...」
レイはそんなことを思っていた。

家に着くと着替えを済ませ、レイは猫を探した。
「ミドリぃー。」
ミドリは居間にいた。
レイは抱き上げると、顔を近付ける。
「ミドリ、出てこい。」
小さく囁やく。
だが、返事は無かった。
「やっぱり、間違い無いんだ。
 本人に聞けばすぐなんだろうけど。」
学校では切り出しにくかった。 そのことが気になっていたはずだが、
はっきりしたはずなのに
もやもやが少ししか晴れない。
「となると、次の展開は...」
カヲルではないが、心配になってしまう。

その夜のこと。
既に夕刻に帰宅したユイとレイが食事の支度を終えて、
一家の主の帰宅を待っていた。
なぜか、食事が一人前多い。
ユイは、
「お客様が見えるのよ。」
それだけしか言わない。
レイも敢えてそれ以上は聞かなかった。
そして、ゲンドウの帰宅。
「今帰った。」
「お帰りなさい。」
真っ先にユイが出迎え、レイとシンジが続いた。
「紹介しよう。」
ゲンドウがドアの外に向かって手招きをする。
「やっぱり。」
レイは思った。
「こんばんは。」
おずおずとミドリが現れる。
赤いブラウスにジーンズといういでたち。
さすがに私服は女物なのだが、
やはり、凛々しい少年に見えてしまう。
「どうしたの?」
相変わらず、状況の認識が遅いシンジが聞く。
「碇さんが、昼間言ってた私の知り合いなんだ。」
「そうだったんだ。」
「そう言うわけだ。」
「さ、どうぞ上がって。」
「はい。お邪魔します。」
そして、来客を交えての食事となった。
「ミドリ君の事は、紹介する必要はないな。」
同じクラスになったこともゲンドウには周知の事らしい。
「知り合いに頼まれて保護者役を引き受けた。」
「でもね、家じゃちょっと5人は難しいでしょ。
 自分の部屋が欲しいだろうし。」
ユイの口ぶりは部屋数さえあれば一緒に暮らしたそうだった。
「じゃぁ、ミドリ君は何処で暮らすの?」
聞いたのは、シンジだった。
「隣だ。」
ゲンドウが答える。
「え、アスカのとこなの?」
ちょっと意外に思ったレイ。
「いや、隣に部屋を借りた。」
どうやら、惣流家とは反対隣の空き部屋の事らしい。
「そう言うわけなんだ。ご近所同士ってこと。」
ミドリは嬉しそうだ。
「だから、これからも時々はこうして御飯を一緒に食べましょ。
 ほんとは、毎食事でもいいんだけど。」
どうやら、新たなる同居人は現れなかったようだ。
ほっとしたレイだった。
「ご馳走様でした。」
帰り際にもう一度挨拶するミドリに
「他人行儀はなし。離れに住んでるぐらいに思って
 こっちにも気楽に来て欲しいの。」
それは、ユイの本心だったがミドリは
自分への気配りと思った。
もちろん、とても嬉しかったのだが。
「はい、じゃぁお休みなさい。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
シンジとレイが声を掛けるとドアが静かに閉まった。

ユイは台所で後かたづけ。
ゲンドウは風呂に入っている。
レイはシンジと居間でテレビを見ている。
ふと、シンジが気付くと元気になりかけたレイが
また考え込んでいる。
「レイ?」
「え...」
「やっぱり変だよ。悩み事?」
しばらく考え込んでいたが、絞り出すように話しはじめる。
「...今日、ミドリが家のクラスに来たとき、
 わたしみたいにシンちゃんと一緒に暮らすことになるような
 気がしたの。」
「うん。」
「でも、違ったでしょ。お母様は残念そうだったけど、
 私は安心した。嬉しかったの。」
「...」
「シンちゃんと一緒の暮らしに邪魔が入らなくて良かったって...」
「...」
「でもね、わたしも最初はシンちゃんとアスカの間に入ってきた
 お邪魔虫。アスカはそんな私を受け入れてくれた。
 なのに、わたし...」
いつのまにか、涙を流しながら話すレイ。
シンジは慰めの言葉を見つけられなかった。
「いやな子だよね。」
「そんなことないよ。」
とりあえずそれだけは言ったシンジ。
「それが、普通の感じ方よ。」
いつのまにか側に来ていたユイがシンジの言葉を継いだ。
「お母様...」
「ごめんね。レイちゃんの事も考えてあげるべきだったわ。」
「ううん、わたしが悪いの。だから、」
「だから?」
「わたしが、隣に住む...」
「ええっ!」
突然、シンジが声を上げる。
びっくりしてシンジをみるユイとレイ。
「シンジはレイちゃんが居なくなるのはいやなの?」
ユイが何かを言わせようと話しを振る。
「あ、そ、その、やだよ。」
「ほんとに?」
レイが身を乗り出して聞く。
「うん。」
自分が言ったことに照れてしまってうつむくシンジ。
意外な一言が嬉しかったレイも無言。
「ライバルの登場を最初から祝福できるわけ無いのよ。
 アスカちゃんだってすぐにレイちゃんと仲良くなれた訳じゃないでしょ。」
「そ、そうだよ。」
シンジも、以前の事を思い出して相槌を打った。
「もう出てくなんて言わないわね?」
黙ってうなずくレイ。
「じゃ、この話しはおしまい。」
ユイがそう言って微笑む。

そんな様子を猫のミドリはじっと見つめていた。
「私のせいでレイに余計な心配させたみたいだな。」
いつの間にか、こっちの身体に戻ったミドリはそんなことを考えていた。

翌朝、今日は休みなので少し遅めの朝食だ。
「離れのミドリも呼んでこよう!」
すっかり元気になったレイが提案する。
「そうね、そうして頂戴。」
そんなレイを見てユイも安心した。
「レイ、これを持っていけ。」
ゲンドウがそう言うと、鍵を一つ差し出した。
「お父様?」
「ミドリ君がな、朝は弱いのでよろしくだそうだ。」
「はい!」
元気に返事をして家を出た。
「僕も行くよ。」
シンジもついていった。
ピンポーン...
一応、呼び鈴を鳴らしてみる。
もう一度。
音沙汰無し。
「やっぱり駄目だね。」
「うん。」
レイは持参の鍵を行使した。
中に入る二人。
玄関には、靴が一足のみ。
廊下にダンボール箱が数個。
昨日、移り住んだにしても殺風景だった。
「ミドリーぃ。朝御飯食べよう!」
レイが声を掛ける。
音沙汰無し。
レイはあきらめて、勝手に上がり込むことにした。
「レイ、僕はここで待ってるよ。」
女の子の寝起きはマズイだろうとシンジは遠慮した。
「うん。」
レイは一人で奥に入っていった。
自分の家と同じ間取りなので、勝手知ったると言うところだ。
台所を過ぎて、居間へ抜ける。
そこに、ミドリは居た。
何にもない部屋の真ん中に横たわっている。
側によってゆする。
「ミドリっ、起きて。」
音沙汰無し。
「起きろ!」
まるで反応しない。
心無しか、身体が冷たいような...
「まさか...」
心配になって顔に手を翳した。
息はしているようだ。
「どうしよう、起きないよ。」
シンジを呼んでこようか迷っていると、
「レイ、どうしたの?」
玄関先でシンジが呼んでいる。
「支度させてから、連れてくから先に戻ってて。」
「わかったよ。」
シンジの声が聞こえ、そしてドアが閉まる音がした。
それを確認すると、もう一度ミドリをゆすってみた。
「しょうがない。」
レイが声を飛ばそうと決意したとき、
何か動くものが視界の端に映った。
「あれ?」
ベランダに面した窓が開けっぱなしになっていた。
そこから、入ってくる小さな者。
「ミドリだ...」
碇家の猫ミドリがすたすたと入ってきた。
そしてレイの前で寝ているミドリの身体に乗った。
そのまま、数秒じっとしていたがすぐに飛び退くと、
部屋の隅に寝転がった。
「きゃ!」
思わず後ずさってしまうレイ。
音もなくミドリが上半身を起こしたのだ。
「おはよう。」
何事もなかった様に微笑むミドリ。
「そんなに簡単に行ったり来たり出来るんだ。」
状況が飲み込めたレイが聞いた。
「うん。一度入るとね。癖がつくから。」
「昨夜、遊びに来たんだ。」
「そう。でね、ごめんね。」
「なにが?」
「突然、現れて...」
「そんなことないよ。うれしい。」
「そう?」
「ほんとだよ。猫だと普通におしゃべりできないし。」
「ははは。」
ミドリも昨夜の話しに参加していたんだ。
そう思ったら、あまり言い訳しなくてもいいとレイは思った。
ミドリも別に気にしてはいなかった。
しばらく二人は黙って見つめあっていたが...
「ただいま。」
ミドリが言った。
「おかえりなさい。」
レイは自分がこれを言いたかった事に今、気付いた。
また、一人仲間が戻ってきたことが
やっと実感できたのだった。


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