わるだくみ

「ただいまぁ。」
学校から帰ったレイは、一応声を出してから
靴を脱いだ。
午後のこの時間帯は、ゲンドウやユイは仕事に出ている。
シンジは、朝はともかく、帰りは別のことが多いので
こんなふうにレイ一人になることは珍しくはない。
自分の部屋に戻って、ラフな部屋着に着替えると
台所へ行く。
時間は3時少し過ぎ。
「なんか、ないかな。」
冷蔵庫を覗いてみる。
前夜、なぜかゲンドウが持って帰ったチョコレートケーキの
残りがあった。
「よーし。」
ケーキの残りは多くはなかった。
レイ一人でも食べ切れそうだ。
だが、独り占めは気が引けた。
上品に分けて、やっと二人分か。
「うーん...」
3人分は無理そうだ。
アスカとミズホを呼ぶわけにもいかない。
シンジはケンスケの家に行くと言っていた。
夕飯ぎりぎりまで戻るまい。
では、残る選択肢はひとつ。
こちらに呼んでも良いのだが、今日は離れに出向くことにした。
お盆に二つに分けたケーキと、ティーカップ2組。
ティーポットには
「紅茶 ...だよね。」
をいれてお湯を濯ぐ。
出来上がった午後の紅茶セットを持って隣りへ出かけた。
ミドリの部屋、通称 "離れ" のドアの前に来て大事なことを思い出した。
「戻ってるかな?」
今日は、ミドリも一緒に帰らなかったのであった。
ピーン・ポーン
呼び鈴を鳴らす。
「開いてるよ。」
いきなりインターホンから返事があった。
誰だか判ってるのかな?
そう思いながら、勝手知ったる "離れ" に上がり込む。
何もない廊下、のはずが前と少し違う気がしたが
すたすたと通り過ぎた。
奥の居間に行く。
ベランダに面した窓を開け放って木製のリクライニングチェアーが
置いてあった。
2つある。
一つは部屋の中。
もう一つは、窓からベランダに半分はみ出して置いてある。
そちら側にミドリはゆったりと座っている。
白い長袖シャツと、黒いパンツを身に付けている。
シャツの衿と袖に刺繍がしてある。
レイのTシャツと短パンに比べるとちょっとおしゃれだ。
「いらっしゃい。」
上半身をこちらに向けてミドリは言った。
「きたよ。」
「そこへ、すわって。」
ミドリはもう一つの椅子を勧めた。
そして、自分の椅子の向きを直し向かい合わせにした。
「お茶にしようかと思って。」
レイは持参の品をテーブル、と言うよりはちゃぶ台に乗せた。
「豪華だね。」
「はは。夕べの残りなの。」
昨夜のゲンドウの帰宅はミドリが夕飯を終えて離れに
戻った後のことだったのだ。
「だからね、大きいほうを食べていいよ。」
良く見ると、2つのケーキは大きさが違う。
「小さいほうでいいよ。」
「なんで?」
「少しの方が、ありがた味が増すから。」
「ほんとに、そっちでいいの?」
「ほんとに。」
ミドリはちょっとだけ小さいほうを自分の方に引き寄せた。
「じゃ、いただきまーす。」
レイはちょっとだけ大きいほうをうれしそうに食べ始める。
ミドリはその様子を微笑みながら見つめた。

「なかなか斬新な組合せね。」
「なにが?」
「ケーキと烏龍茶。」
「ははっ。」
しまった。間違えたんだ。
しかし、そのままごまかすことにした。
「なんかさ、部屋の中がにぎやかになってきてる気がするんだけど。」
「うん、一応必要な物をそろえようと思って。」
「これ、お父様の趣味?」
「ううん、私が選んだの。」
「何処で?」
「リサイクルセンター。」
「なに、それ?」
「 ...」
「???」
「まぁ、強いて言えば、公営の古道具屋かな。」
「ふ〜ん。」
分かっていない事は、はっきり判る。
「安いの?」
「ほとんどタダ同然。私でも買えるくらいだから。」
「へぇ、揃えて貰ったんじゃ無いんだ。」
「そう。お部屋の世話までしてもらってるから。」
「私は全部おんぶに抱っこ ...」
「いいんだよ。レイはそれで。」
「なんで?」
「レイがお母さんになったら判るよ。」
「う〜ん。」

「でもさ、幾ら安くてもこんなに揃えると大変じゃない?」
「平気。」
「どして?」
「内緒だよ?」
「え?」
「アルバイトしてんの。」
「ええっ?」
「だから内緒だってば。」
「お父様やお母さまにも?」
「ゲンドウさんは知ってる。」
「そうなんだ。」
「半自給自足を目指しているの。」
「ねぇ、私もやる。」
「ダメ。」
「なんで〜ぇっ。」
「(レイはまだ子供だから。)」
「え、いま何か言ったでしょ?」
「なんにも。」
ミドリはわざと意味深な笑みを浮かべていた。

「その服、なんかいい感じ。」
「ありがと。」
「それも自分で買ったの?」
「そう。古着だよ。持ってる服はほとんどね。」
「そうなの。全然わかんないよ。」
「新品はアンダーウェアぐらいかな。」
「へー。もう、すっかり自立してるのね。」
何だか自分が子供の様な気がしてきたレイ。
「ホントはね、肌着も古着があればいいんだけど。」
「無いの?」
「高いんだよ。女性の肌着のお古は。」
またしても意味深な笑いのミドリ。
レイには、ミドリの笑みの意味は分からなかった。
ただ、ミドリは将来お金持ちになるような気がするだけだった。
いつのまにか傍に来ていた猫ミドリは
つまらなそうに、大欠伸をしていた。


[Up] [Prev] [Next]