ミドリ達の班はビルの中ほどの階に居た。
主にビルの壁面のミラーの向きを制御する為の動力の
説明がなされている。
班の男子はさっきから全く別の話題でもちきりだった。
2人の女子はお喋りしながらも、まめにメモは取っていた。
そんな様子をミドリは見るともなく見ているのだった。

ふと気付くと、通路のずっと奥に男が立っている。
特徴の無いスーツの上に季節外れの皮のジャンパー。
サングラスの為に表情ははっきりしない。
右手には青黒い金属の塊が握られていた。
左手でそれをいじっている。
ミドリはそのシルエットを、自分の精神に連なる
膨大なデータに照らし合わせた。
答はすぐに出た。
通常人体に対し脅威となる装置。
「みんな、逃げて!」
ミドリがクラスメート達に叫ぶ。
「なに?春日さん?」
だが、彼等には何のことかは理解できなかった。
男は何の躊躇もなく右手を前に差し出した。
その手にある黒い塊は、おもちゃのような乾いた音と
纔かな閃光を放った。
何かが風を切る音が少年少女達の耳に届くと
漠然とだが全員が状況を理解した。
そして、おぼつかない足取りで走り出す。
その間も男は狭い通路の奥から閃光を放ち続けた。
威嚇ではない。
全て生徒達の胸から頭までの高さに向けて発射しているのだ。
それでも、生徒達は十数メートルの距離を駆け抜け
曲がり角を越えて男の死角に入った。
そして非常階段へ全員滑り込んだ。
後に現場検証を行った警察は奇跡的と表現した。
狭い通路を駆け抜けた生徒達には一人の怪我人も居なかった。
男が使ったのが空砲でないことは壁の傷、
そして床に落ちた弾丸と薬莢が示している。

もちろん奇跡など起こってはいない。
叫んだと同時にミドリは友人達と男の間に入った。
男が放った悪意の粒子。
ミドリには、その1発1発が止まっているように
はっきりと見えていた。
そして仲間に命中する可能性の有る弾丸を正確に選んで
すべて受け止めたのだ。
相当に注意深い者が見ても気付かない、雪の結晶の様に
小さな光の壁が弾丸の正面に展開され
その運動エネルギーを奪った。

他の皆が角を曲がったところで、ミドリは立ち止まった。
「みんなに向けて銃を撃つなんて。」
そして、飛んでくる弾丸の幾つかを選んだ。
注意深く壁を展開した。
今度は極力運動エネルギーを奪わないように。
緩やかな弧を描いて弾道を逸らした。
「許さない...」
そして、男の眉間に全ての弾丸を集めた。
無理にUターンさせた弾丸である。
威力は大幅に落ちている。
だが、一ヶ所に命中させれば問題は無い。
ビィンッ
ピアノ線を弾いた様な音がしてミドリの思惑は跳ね返された。
そのときには既に男も銃を撃つのは止めていた。
「 ...」
ミドリはゆっくりと後退った。
男は動かない。表情も変わらない。
「次は ...無いよ。」
そして、ミドリはクラスメートを追って非常階段を駆け下った。


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