屋上には、午後の陽射しが降り注いでいた。
その光の中に一人の青年。
ダークグリーンのズボン。
小豆色のシャツ。
あまり、色合わせのセンスは良くない。
長めの髪をオールバックにしている。
小さい丸レンズの眼鏡の奥に茶の瞳が笑顔を浮かべている。
「やあ、そろって来てくれたか。うれしいよ。」
「誰だい?」
カヲルが尋ねる。
「そうそう、会うのも話すのも初めてだったね。
 私は、リョウ。春日リョウ。まあ、ミドリの縁者と
 思ってくれて構わない。」
「私はあなたを知らない。」
「だろうね。言ったように会うのは初めてだよ。
 私の方は、ずっと君たちを見ていたけどね。」
「あんたも、ヤツに命じられて来たのかい?」
「ヤツってのは甲斐の事だとして、答はノーだ。
 私は自分の意思でここに立っている。
 もっとも甲斐は、自分のシナリオで事が運んでいると
 思っているだろうけど。」
「じゃ、何の用なのかな?」
「実はね、カヲルとレイには直接は用は無いんだよ。
 強いて言うなら、何もしないで居て欲しいって所かな。」
「どういう意味かな。」
「私はね、ここ第3新東京市それ自体に用があるんだ。」
「街に?」
「そう、そっくり居抜きで貰おうと思ってる。」
リョウと名乗った男は言ってのけた。
カヲルは表面上は穏やかな顔のままである。
「街を欲しがってどうするつもりだい?」
「最終的な目的のために必要なんだ。ここが。」
「目的?」
「世界征服。」
さすがにちょっとあきれた声音が混じってしまう。
「本気で言ってるのかい?」
「嘘臭く聞こえたとしたら、それは使い古された言葉の所為だね。
 何も世界の王になろうって訳じゃないさ。
 ただ誰にも指図されない暮らしがしたくてね。
 もちろん、甲斐にも口は出させない。」

「仮に本気として、それとこの街と何の関係があるんだ?」
「当面の敵を殲滅するためさ。そのためにまずは情報網の制圧。
 そのための橋頭堡だよ、ここは。」
「だが、壊してしまっては使え無いだろ。」
言いながら後ろを振り返ったカヲルの視線の先には
幾条か煙をあげているビルがあった。
「武力制圧は考えてはいない。
 あれは、デモンストレーションと思ってくれるかな。」
「聞いた限りでは敵は共通みたいだけど、協力する気は無いんだね。」
「黙って私の言うことを聞いてくれるかな? ゲンドウ氏は?」
「無理だろうね。第一、それは協力とは言わない。」
「だろう?つまりそう言う事さ。」
「彼らも黙っては明け渡さないだろうね。」
「彼らは何も出来ないよ。」
「随分、自信たっぷりだね。」
「ああ。一応兵隊も連れてきてるしね。」
「下に居た連中かい。」
「感想は?」
「話にならないね。」
「そりゃ、カヲルなんかの相手にはならないだろうがね。
 ゲンドウ氏の兵隊の相手には充分だと思ったんだが。」
「それは、侮り過ぎだね。彼等もプロさ。弱点はすぐに見抜く。」
「高く買ってるね。」
「兵隊の様子でも確認したらどうかな?」
「そうしよう。」
リョウは顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「確かに、このビルの周りに配置した兵隊が活動停止しているね。」
「だろう。」
「ちょっと驚いたよ、彼らには通常兵器は効かない筈なんだが。」
「だけど、ぼくらの力の模造だろ。」
「原理は大幅に違うがね。しかし、あっさり破られたな。
 ゲンドウ氏も色々手駒を持っているようだね。
 技術はお互いに進歩してるって訳だ。
 ゲンドウ氏の方にやった連中も長持ちしそうに無いな。」

「では、さっさと次のフェーズに行くか。」
そう言うと、リョウは黙って聞いていたミドリに話しかけた。
「気に入ったかい?この街を。」
「...」
「気に入った筈だよ。」
「なぜ?」
「そういうシナリオだからさ。」
「シナリオ?」
「そう。キミはこの街を気にいる。そして皆と仲良く暮らす。
 そのための工夫も惜しんでないよ。」
「私の行動は仕組まれたことだと言うの?」
「全部って訳じゃない。例えばキミがゲンドウ氏の信頼を得るか
 なんて事は、ちょっとした賭けだし。
 もっとも、予想以上の出来だったけどね。
 もう、十分に街の隅々までキミの手の内にあるはずだ。」
「だけど、私があなたに協力するシナリオにはなってない。」
「協力はしてくれないのか?」
「お断わり。」
「まぁ、期待しては居なかったよ。」
それだけ言うと、リョウは歪んだ笑みを浮かべた。

「ミドリ、君は子供の頃のことを覚えているか?」
「なぜ?」
「聞いておきたい。」
「最初の記憶は、ずっと小さい頃。レイやカヲルも一緒だった。
 その後、別々にされて ...
 逃げ出して、こうしてまた一緒になれた。」
「途中がずいぶん跳んでるね。」
「逃げ出すときに、記憶の一部を持ち出せなかったから。」
カヲルとレイは、ミドリの方に顔を向けた。
ちょっと驚いた様子。
そんなこと思っても見なかった。
別れ別れになっていた間のことなど
お互いに話したことは無い。
聞きたいとも思わないし、語りたくもなかった。
だが、ミドリには語るべきものが無かったのだ。
「でも、本当は、棄てたんだ。きっと ...
 持っていきたくない記憶だったんだ。だから無意識のうちに
 置いてきたんだと思う。」

リョウは少しだけ視線を逸らし、そして向き直った。
「嫌な思い出を記憶から消せたら、それはとても便利だろうね。
 フフフッ、素晴らしい。」
「えっ?」
「人は都合の悪いことを上手く解釈して自身の精神の
 安定を図るものだが、君にもそれが出来るとは。」
「それって、どういう意味?」
「どうもこうも」
さも、うれしそうに彼は語り続ける。
「そういう機能を付けた覚えは無いのだが、
 自己増殖の過程で身に付けたのか。」
「つまり ...」
「そう、君は作り物だ。私から切り放した力の一部に
 それを安定させるための精神構造のコピーを埋め込んだ存在。」
「じゃあ、過去の記憶は偽物なの?」
「ちがうっ!」
黙っていたカヲルが声を上げた。
「僕も覚えている。ずっと昔、確かにミドリって子が一緒だった。」
「そうよ。」
レイも同意する。
「そのとおり。確かに君らにはミドリって言う幼なじみが居たよ。」
「私は、誰なの。ミドリの偽物なの?」
「難しいね、その質問の答えは。君はミドリの記憶を受け継いでいる。
 正当な後継者として。」
「本物の私は何処に?」
「昔、カヲル達と一緒にいたミドリの事を指しているのかな?
 だとしたらいないよ。」
「いない?」
「あれは、そう、8年前になるかな。実験中に死んでる。
 君の記憶が途切れているのは、逃げるときに忘れてきた為じゃない。
 無いんだよ、初めから。」
「.....」
「死んでた間の記憶は無いんだ。当然だろ?」
「.....」
「さあ、帰っておいで。君は私の一部なんだから。」

「それぐらいでいいだろ。」
カヲルの目に違う光が宿り始める。
「穏やかじゃないね。」
「悪いが出ていって貰いたいね。ここから。」
「残念だな。やっぱり、おとなしくはしていてくれないんだね。」
「そういうことさ。」
「でも、私も帰る気は無いよ。」
「だろうね。」
カヲルの言葉が終わると同時に何かが空を切った。
そしてすぐにそれはリョウの眼前で霧散した。
一瞬だが、淡い光が瞬く。
壁だ。
だが、遠目にそれはカヲルやレイの物とは違って見えた。
一枚ではない。
無数の小さな壁の集合体が展開されているのだ。
「分かってると思ったんだが。そういうの効かないよ。
 お互いにね。私を出来損ないのダミーと一緒にしないでくれよ。」
最初の一撃とはいえカヲルは力を抜いては居なかった。
だが、リョウは微動だにしていない。
さらに数発の攻撃を放つが全て遮られた。
「納得した?」
カヲルは答えない。
「してないみたいだな。しょうがない。」
リョウはそれだけ言うと、ミドリを見やった。


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