「いいだろう。」
「帰って。」
「裏口など必要ない。部分が全体を凌駕することなど無いのだ。
　ネルフ本部など後でつぶしてやる。都市機能の制御は本来の行政の
　システムを奪えばいいのだ。
　だが、その前にやることがある。今度は消去だ。」
「どうしても？」
リョウは答えなかった。
既に戦端は切られていた。
他の者には分からない場所で。
彼等にとっては街全体を駆け巡る永い戦い。
だが外から見れば、それは一瞬の出来事だ。

「フッ、ハハッ。おまえは誰だ？
　人格再生のロジックが変わっているぞ。
　これではこちらが後手に回ってしまうわけだ。」
「変わった？私が？」
「ミドリ。おまえ誰かと融合しただろう？」
「そんなこと ．．．」
「まあいい。いずれにせよ、今回は失敗だ。」
「やっと認めてくれたかい。」
カヲルが言葉をつないだ。
「私は去る。だが、次回の為に掃除はしていこう。」
「何の事かな。」
「君らだ、君らは思ったより邪魔になる。」
「防御だけでは仕方ないだろ。」
「見くびって貰っては困る。まだ、私の方が多くを擁しているぞ。」
「じゃ、試せば。」
「無論だ。」

パリッ。
乾いた紙を裂くような音がした。
少なくともその周囲に居合わせた者は聞いた。
そして眼前で巨大な建物が崩れていく様を見た。
角砂糖に湯を掛けたように、それはゆったりとその形を崩していった。

「随分とずれたね。」
「私は寛大なんだ。もう一度考えるチャンスをあげよう。」
「降伏しろとでも？」
「カヲル、君は思い違いをしている。」
「そうかい？」
「 "壁" を無敵の防御だと思っているだろう。」
「そうでもないよ。」
「自信がありそうだ。だがね、"力" 以外にも破る手はあるんだ。」
「ふーん。」
「高エネルギーの照射で貫通できるんだ。実験済さ。」
「次を撃ってくる前に先手を打つってのは？」
「私の肉体を吹き飛ばしても仕方が無いことは判っているはずだ。」
「だけど、精神の中枢は置いてあるだろう。
　今失うとミドリと対抗できないんじゃないかな。」
「一理あるな。では、照準を変えよう。
　此から然程遠くない場所に一台のバスが停まっている。
　それでは、どうかな。」
「 ．．」
「次は無いって言ったはずよ！」
ミドリが叫ぶと同時に、リョウはその場でよろめいた。
「私が？ この私が侵食されている？ ミドリ！ おまえが？」
「あなたを消去します。皆には手出しはさせない。」
「クッ。上出来だ！そこまで狂っているのか。
　出来損ないのコピーめ。先ずはおまえだ！」

機械は正直だ。
彼には感情はない。
だから疑問も持たない。
本来、日本国に重大な危機が訪れない限り来ない筈の命令が
受信されても。
彼は人工衛星。
資源観測を目的としていた。
表向きは。
彼にはもう一つ役目があった。
そのために大容量の原子力電池を積んでいる。
その日２度目の司令。
彼は忠実に実行する。
地点座標変更。
... 初弾着地点より南西１.５キロメートル。
照射径。
... 性能限界値４.５ミリメートルに設定。
出力。
... ２ギガワット。
持続時間。
... ０.４秒。
電池残量不足。
電池交換実施。
初弾に依る大気の影響補整。
熱対流。
... 問題無し。
イオン濃度。
... 許容範囲内。
設定完了を返信。
実行指示待ち。
実行指示。
... 受信。
接続。

彼には感情はない。
実行するだけだ。
善意も悪意も無い光が地上に放たれた。
そしてその光は目標の上方３メートルでコースを変えた。
まるでゴムボールのごときカーブを描いて遥かな虚空に消えた。

第３弾準備司令受信。
地点座標補整。
... ４メートル。
出力。
... ６００メガワット。
電池残量問題無し。
大気の影響補整。
熱対流。
... 地表面に大気の乱れ。
イオン濃度。
... 許容範囲内。
設定完了を返信。
実行指示待ち。
実行指示。
... 受信。
接続。

光は真っ直に着地した。
全ての障害を突き抜けて。
リョウの足下。
彼の前、ほんの１０センチ程の所に穴が開き、
その周囲のコンクリートがその穴の中へ流れ落ちた。

リョウの顔から表情が消える。
「なぜ、おまえに跳ね返せた？出力不足？」
ミドリが答る。
「いいえ。」
「では、なぜ？」
「あなたには分からない。永遠に。」
何かを言おうとしたのか、再び表情が動いたが
その表情が完成する事は無かった。
既に彼の意識は忘我の底に沈んでいた。
抜け殻の肉体はその場に倒れ込み二度と立ち上がりはしなかった。