13

「やれやれ。」
カヲルが近づいてくる。
「怪我は?」
「平気。」
「そっちは?」
レイは黙って頷いた。

「やっぱり、私は作り物ね。」
ミドリの声が、やっと聴き取れるほどに小さい。
「なぜ、そんなことを言うんだい。」
「だって、こんな時どういう顔をすればいいのか判らないのよ。」
「大丈夫、ミドリは本当の心を持っている。」
「 ...」
「ちゃんと、こんな時の顔をしているよ。」
「そう ...ありがとう。」
レイが語り掛ける。
「あなたの優しさは本物。」
「どうして ..」
「私たちに遠慮して、碇君と距離を置いていたわ。」
「そんなことないよ。」
「うそ。」
「飽きっぽいから。」
「帰ろう。家へ。」
「うん。またね ...」
ミドリは目を閉じた。
「大丈夫か!」
加持が数人の男達と共に屋上に現れた。
「ごめんなさい。ビルのシステムの障害で上がって来れなかったの。」
ミサトも続いていた。
「なんとか大丈夫ですよ。」
カヲルが答えた。
だが。
「加持君!急いで救急隊を!」
ミサトはミドリの胸を強く押していた。
その脇にレイが茫然と立っていた。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
「冗談はよせよ。」
カヲルが駆け寄ってきた。
ミドリの手を握ってレイが何か叫んだような気がしたが、
いつのまにか舞い降りていたヘリコプターの爆音で
聞こえなかった。

ミドリは速やかに第3新東京市立病院に収容された。
あの、特別病棟の一室に。
雨が降り出していた。
大気中での大量の熱放射による影響だろう。
そして3日間降り続けた。

クラスメイト達にはミドリは急な都合により親戚の住む
アフリカへ旅立ったと伝えられた。
休学扱いであると言う。
シンジは、何か違う気がした。
両親も同じ事しか言わなかった。
先日のテロ事件と関係あるのではと漠然と思った。
レイは元気がなかった。
アスカもミズホも何かあると思っていた。
でも、誰も疑問を口にしない。
答えが怖かったから。
カヲルはあの日から休んでいる。

4日目の夜に雨が止んだ。
面会謝絶の病室。
病院の医師すら立入り禁止だった。
カヲルは窓際で外を見ていた。
雲間に覗く眠そうな目のように細い月を。
誰かが呼んだ気がした。
振り向く。
薄暗い部屋の奥に碧色の光が見えた。
「(おはよう。)」
「心配させて、それは無いだろ。それに朝じゃないよ。」
「(ごめんね。)」
「帰ってこないかと思ったよ。」
「(他に行くとこ無いから。)」
「大丈夫なのかい?」
「(まだ、復元できないの。彼を消去するのに消耗した分。)」
「しばらく休むといいよ。」
「(うん。)」
「話せないの?」
「(当分、身体の制御は無理ね。)」
「そうかい。」
「(前は無理したから。今度は。)」
「ああ、時間はあるさ。」
「(みんなは?)」
「元気だよ。ミドリはアフリカへ帰ったことになってるから。」
「(わかった。こんど、メール出しとくね。)」
「寝た方がいいよ。」
「(うん。またね。)」
そういうとミドリは目を閉じた。
カヲルはすぐにミドリの手をとって脈を診た。
そして安心した。
今度は本当に寝ただけだね。

幸せになれそう?
たぶん。
幸せにできそう?
やってみるわ。

それじゃ。
まって。
私はあなたに託したの。
でも。
もう終わったのよ。
幸せだった?
わからないわ。
幸せにした?
わからない。
もし。
え?
もし良ければ、私の中で。
あなたの中で?
私の中で。
いいの?
ずっと一緒に。

幸せになれる?
きっと。
幸せにできる?
手伝って。
ありがとう。
おやすみ。
おやすみなさい。

翌日、カヲルは学校に現れた。
いつもの素敵な笑顔で。
そしてレイにウインクした。
レイもいつものレイに戻る。
そんな2人を見てシンジは全ての問題が解決したと分かった。
もちろんアスカとミズホにも分かっていた。


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